What’s New?  について

[森琴石]のホームページをCD化するに当り、最後のまとめにとりかかりたいと思います。

索引の充実及び画家系図のやり直しと並行し、諸情報のお知らせについては、平成23年12月より[What's New?]からご覧頂きたいと思います。

 [森琴石]の調査を開始してから13年経ちましたが、その過程に於けるさまざまなエピソードや苦労話などを、記録として残す必要があるとのご意見を頂戴しています。
調査情報ではお伝え出来なかった内輪的な事にも少々触れてみたいと思います。

ブログ形式の操作に不慣れな為、画像やイラストの挿入などがまだ出来ません。
徐々に覚えていきますので気長にお付き合い下さい。       2011年12月5日  筆者

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西日本豪雨のお見舞いを申し上げます

2018年7月16日  更新

 

この度の西日本豪雨により
被災された
皆様ならびにそのご家族の皆様に
心よ
りお見舞い申し上げます。

皆様の安全と被災地の一日も早い復旧
心よりお祈り申し上げます。

 

被災された皆様が
一日も早く平穏な生活に戻れますよう
お祈り申し上げます。

 

 

 

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森琴石の地球儀出現!(明治8年製)、同年実父は紙風船折り畳み地球儀を制作か?

 

2018年6月25日 更新

 

明治8年製、
森琴石の地球儀現れる!!

【小型地球儀(木製)】
明治7年11月官許
同 8年3月刻成
森琴石校正蔵版
岡田茂兵衛発兌

同 8年、森琴石実父「梶木源次郎」・・・
・・・<紙風船折りたたみ地球儀>を作成?

 

Yオークションに非常に珍しいものが出てきました

森琴石地球儀

森琴作成作成の小型地球儀
【サイズ】高さ約19cm  幅約10.5cm ・
・・・時代箱入り

★オークションはあと1日で終了のようです。
終了後間もなく情報は削除されると思いますが、地球儀の画像は下のアドレスでご覧ください。
https://page.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/e284151040 

 

★森琴石の実父梶木源次郎も同年紙風船折りたたみ地球儀を作成しています

●土浦市の山岡光信先生のサイト「地図測量の300人」の中、78番目にその情報が記述されています。

紙風船折りたたみ地球儀は、地図属領の300人の中
239.沼尻墨僊(ぬまじり ぼくせん 17751856
220.長島尉信(ながしま やすのぶ 17811867)という人が
傘式地球儀を作っており、それに近いものらしいです。
(山岡先生からご教示頂きました)

★以前から森琴石実父と思われる<梶木源次郎の地球儀>には目をつけていましたので、「とうとう森琴石の地球儀が現れたか!」というのが実感です。
●もしかすると、森琴石が作成した最も早い時期の銅版地図かもしれません。(明治8年には『永田改正暗射地球訳図』作成)

●小型地球儀は、茨城県土浦市の美術商からの出品です。

1:沼尻墨僊が、土浦藩の方であること、https://www.city.tsuchiura.lg.jp/data/doc/1236042111_doc_147.pdf

 ※沼尻墨僊(ぬまじりぼくせん)は茨城県土浦の人で、地理学を研究し、「地理書」を書き、世界地図の模写と傘式の地球儀を作成したことで知られています。
26歳の年には、世界各地について書いた地理学の研究書、「地球万国図説」を書きました。彼が作った傘式地球儀は、12本の骨と長さが40センチメートルほどの棒を持つもので、傘を開くように片方を押し上げると地図が開く仕掛けになっています。現在残っているのは、安政 2年(1855)に作られたもので、土浦市博物館に展示されています
出典=「傘式地球儀」(土浦市博物館パンフレットより)

2:地図測量研究第一人者の山岡光信先生が、土浦市の方であるなど、不思議なご縁を感じています

 

★今後更なる
森琴石の銅版画についての解明
・・・期待致します

今回の茨城県土浦から地球儀が出たことは、
明治6年、森琴石は東京に遊学し、高橋由一から洋画法を学んだ。
関東での交流者から森琴石の解明が深まる可能性があります

 

 

 

 

 

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泉屋博古館「絵描きの筆ぐせ、腕くらべ ―住友コレクションの近代日本画」に、森琴石の作品「山水図」が展示

 

 

 

 

5月19日 更新

 

泉屋博古館
「絵描きの筆ぐせ、腕くらべ ―住友コレクションの近代日本画」に、森琴石の作品「山水図」が展示
・・ 明治30年(1897)   絹本着色・軸 171.2×87.5㎝
西洋画法も取り込んだ人工楽園のような風景画・・と紹介

 

企画展の概要

「絵描きの筆ぐせ、腕くらべ
―住友コレクションの近代日本画」

開催期間
2018年5月26日(土)~7月8日(日)

時間
午前10時~午後5時(入館は午後4時30分まで)

会場
住友コレクション 泉屋博古館
・・・・・京都市左京区鹿ヶ谷下宮ノ前町24
料金
一般800円、高・大学生600円、中学生350円(小学生以下無料)    ※20名以上は団体割引20%、障害者手帳ご提示の方は無料
※企画展・青銅器館両方ご覧いただけます

休館日
月曜日

お問い合わせ
泉屋博古館  電話:075-771-6411
ホームページ http://www.sen-oku.or.jp/

主催、後援など
主催:公益財団法人 泉屋博古館、京都新聞後援:京都市、京都市教育委員会、京都市内博物館施設連絡協議会、公益社団法人京都市観光協会

主な展示品
菊池容斎・森琴石・富岡鉄斎・竹内栖鳳・山田秋坪・上島鳳山・東山魁夷・山口逢春・小林古途など

 

関連イベント(※入館料が必要です)
ギャラリートーク
5/26(土)14:00~ ナビゲーター:野地耕一郎(泉屋博古館分館長)
ゲストトーク
6/9(土)14:30~ ゲスト:大野俊明(日本画家・京都市立芸術大学特任教授)
6/30(土)14:30~ ゲスト:竹内浩一(日本画家)

 

 

連載記事
泉屋博古館ホームページの内容を転載させて頂きました。
・・野地耕一郎館長による画家の筆ぐせ紹介は随時追加させて頂きます

5月26日(土)から7月8日(日)まで、泉屋博古館にて開催される「絵描きの筆ぐせ、腕くらべ ―住友コレクションの近代日本画」に関わる情報を紹介します。

本展は、住友家に伝わった近代日本画の名品を、画家の筆ぐせからご鑑賞いただく展覧会です。明治後期から昭和にかけて、大阪や京都、東京にあった住友家では、それぞれの地域の画壇に所属する日本画家たちの作品がかけられ、鑑賞されていました。東山魁夷、菊池容斎、富岡鉄斎、竹内栖鳳など近代ならではの表現を求めた日本画家たちの名品をご紹介します。



「この筆ぐせがすごい!近代日本画家たちの競演!」

泉屋博古館で開催される「絵描きの筆ぐせ、腕くらべ ―住友コレクションの近代日本画」。住友邸を飾った日本画家たちのくせのある名画が勢揃いの見逃せない展覧会です。近代日本画の名品を画家の筆ぐせからご鑑賞いただきます。本特集では、住友コレクションの近代日本画から6名の画家を選出し、泉屋博古館分館長の野地耕一郎先生に彼らの「筆ぐせ」の魅力をご紹介いただきます!!泉屋博古館で開催される「絵描きの筆ぐせ、腕くらべ ―住友コレクションの近代日本画」。住友邸を飾った日本画家たちのくせのある名画が勢揃いの見逃せない展覧会です。近代日本画の名品を画家の筆ぐせからご鑑賞いただきます。本特集では、住友コレクションの近代日本画から6名の画家を選出し、泉屋博古館分館長の野地耕一郎先生に彼らの「筆ぐせ」の魅力をご紹介いただきます!!

特集vol.1
<菊池容斎編>
◆手塚治虫のご先祖様とも交友。和洋をハイブリッド化した近代画家の先駆け。

菊池容斎 桜図 弘化4年(1847) 絹本着色・軸 86.0×175.2㎝

菊池容斎(1788-1878)は江戸の幕臣だったが、18歳頃から狩野派と沈南蘋の長崎系写実画を学んだ。脱サラ(脱幕)して京阪に滞在し、円山四条派や土佐派、浮世絵などをさらに習得。西洋の絵手本や石版画も収集して西洋画法も研究した。偉大な漫画家手塚治虫のご先祖様手塚良仙という蘭方医と交友して、いまでいう美術解剖学のような指導も受けた気味がある。和洋の多様な絵画の筆法をハイブリッド化して、容斎は独自の覇気のある作風を築いた。この図の桜の花びらの装飾的なあしらいや遠山に効かせた群青や緑青の施色はやまと絵風であり、雄渾な樹幹の表現は狩野派を思わせながら四条派あたりに学んだ点苔表現を変容させたハッチングのような筆致がみえる。梢まで何度もねじ曲がった枝の広がりを太く長い走るような墨線で冷静に合理的に描くのが容斎の筆ぐせ。樹木全体がまるで複雑にのびた脳内の血管のように見えてくる。

特集vol.2
<森琴石編
◆西洋画法も取り込んだ人工楽園のような風景画。
 森琴石 山水図 
明治30年(1897)   絹本着色・軸 171.2×87.5㎝

森琴石(1843-1921)は、
摂津国有馬郡湯元(現・兵庫県神戸市)の商家の生まれ。14歳前後から地元の絵師に南画を学んだ。
明治維新後には上京して写実的な「鮭」の絵で知られた高橋由一に洋画を習い、さらに諸国を歴遊して清国画人とも交流。
細密な銅版画でも知られるマルチな文人画家だった。
画面の中央あたり、重畳とした山水画のなか、うねりながら山奥にのびる山道を二人の文人が歩みゆく。
画中の賛には、胸中山水の理想郷に精神を自由に遊ばせることを喜びとする文人の気持ちが詠われている。
緑青や群青を多用した山容や樹木、岩石の皴法など丹念な描き込みは来舶した清国画人からの感化を感じさせるが、合理的な空間の奥行きには西洋画法が生かされている。
琴石の線質は、銅版画も試みた硬質で明快なところに「くせ」がある。それによって練り上げられた山水画は、人工楽園の趣がただよう近代的な「風景画」への指向も透けて見えるようだ。
(注:行間文字の色は森が少し変更させて頂きました)

 

特集vol.3<富岡鉄斎編>
◆和漢の画法を徹底的にカスタマイズした鉄斎の我法

富岡鉄斎 古柯頑石図 明治45年(1912)  紙本着色・軸 121.5×40.3㎝

近代の文人画家で、もっとも個性的なのが富岡鉄斎(1836-1924)だ。鉄斎は、京都三条衣棚の生まれ。諸学を修め高潔な人格を尊び、画もまた人間性を高める一つの遊戯であるという姿勢を貫いて、和漢の様々な書画に触れた。多様な画法を学びながら、そこから逸脱した独自な筆法を編み出すが、それは結果的にセザンヌやフォービスム(野獣派)の粗放な描法とも重ねられて、のちに世界的に評価された。古柯は古びた枝、頑石はてごわい岩の意。枯木竹石のモチーフは、孤高な様が文人に好まれ、さかんに描かれた。鉄斎は、勢いにまかせた筆遣いで描き切ったように見せながら、岩肌にはかすかに群青を施し、枯淡ななかに気韻を点じている。その手口がただ者ではない。賛文には明の文人李日華の画法に倣ったとしているが、むしろ我儘な筆ぐせによる徹底した自由さが、結果的にモダニティーに通じてしまっている。我儘とは「われのまま」なのだ、と77歳喜寿の鉄斎の筆が主張している。

 

特集vol.4<竹内栖鳳編>
◆四条派の筆法をターナー風にアレンジ。

竹内栖鳳 禁城松翠 昭和3年(1928)  絹本着色・軸 62.2×72.2㎝

竹内栖鳳(1864-1942)は、京都御池通油小路の料亭の長男として生まれたが家業を継がず、好きな絵の道に進んだ。四条派の筆技を基礎に、幅広い古画研究によって諸流派の様式を折衷して「鵺(ぬえ)派」と悪評された。明治33年(1900)パリ万博の際に渡欧して、彼の地でコローやターナーに共鳴。帰国後はそれらも融合した風景画に新風を吹き込んで京都画壇の花形となった日本画家だ。禁城とは、戦前まで皇居のことをさした。近景のお濠の輝く水面から遠景の櫓までを捉えた奥深い空間に溶けつつも浮き上がる樹木のシルエットは、コローやターナーの絵から学んだ方法だ。その松の枝振りは、濃墨で形を整えた上に群青や緑青の淡彩をわずかに差して滲ませた透明水彩のようにも見える。栖鳳は、俳句も深くたしなんで軽妙洒脱な筆技を根本とする四条派の系譜にありながら、そのローカリティを武器にグローバルな絵画に通暁しえた希有な画家なのだ。鵺だった青年画家は、雅号の通り鳳に変身したのである。

 

特集vol.5<小林古径編>
◆鉄線描+似絵+琳派で出来たフランス人形。

小林古径 人形 昭和14年(1939)  紙本墨画淡彩・額 66.0×75.0㎝

小林古径(1883-1957)は現在の新潟県上越市の生まれ。青年時代は安田靫彦らと共にやまと絵による歴史人物画の研鑽を積んだ。大正期に再興された日本美術院の同人となり、大正11年より一年間欧州に留学。その時、大英博物館での中国古典絵画の模写によって絹糸のような美しい「鉄線描」を修得した。そして、余白を生かした無駄のない構成による古径の謹厳な作風は、のちに「新古典主義」と称され、昭和戦前期の日本画に大きな影響を与えている。このフランス人形は、渡欧の記念に愛娘への土産として手に入れた古様ながら典雅なもの。顔や手は肥痩のない鉄線描で形を整え、黒い服は水墨のたらし込みと部分的に堀塗りなど琳派的技法による濃淡を効かせて立体感を表わしている。濃墨による柄の浮き出し法は鎌倉期の似絵などの衣の表現にも通じている。謹厳な作風ゆえに逆に筆ぐせを感じさせないのが、古典絵画に精通した古径ならではの技量ともいえそうだ。

特集vol.6<東山魁夷編>
◆円山派系現代画家、筆ぐせを見せないのが「癖」。

東山魁夷 スオミ 昭和38年(1963)  紙本着色・額 88.0×129.0㎝

東山魁夷(1908-1999)は横浜に生まれ、神戸で育った。東京美術学校で円山派系の日本画家結城素明に学び、昭和10年(1935)まで約2年間ドイツに留学。西洋絵画研究の一方で日本美術の特質を深く自覚した。そうした特異な体験から戦後日本画を代表する《残照》や《道》などの名作が生まれた。スオミとは、フィンランド語で「湖沼」という意味。この絵は、昭和37年(1962)の北欧をめぐる白夜の旅の成果である。地平線の彼方のかすかな光が幾重にも湖面を照らし出し、白夜の張りつめた空気が風景の荘厳を伝える。その深遠な表現は、元をただせば円山派の没骨法の変容ともいえる絵筆の洋画風タッチによる重厚感と、自然の神々しい光を取り込むことで成立している。戦後の日本画に求められたのは、油彩画の絵肌にも負けない重厚さだったから、魁夷の表現はそれに適うものだった。線描主体の「描く」絵から「塗る」絵画への転換は、おのずと筆ぐせを抑制することになったのである。

 

 

 

 

 

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鑑定・箱書(文徴明・立原杏所)、箱書(中西耕石・福原五岳)、菅井春山、李流芳など(森琴石日記:明治45年5月13日‐16日)

2017年12月29日 更新

 

鑑定(文徴明・立原杏所)、箱書き(忍頂寺静村・中西耕石・福原五岳)
借りている作品=李流芳
菅井春山・久保井翠堂・平野晃岳・佐竹藍川
当麻寺練供養、昌隆社など
(森琴石日記:明治45年5月13日‐16日)

 

日記に出る事柄、人物
鑑定=文徴明、立原杏所
●箱書き=忍頂寺静村、福原五岳、中西耕石、森琴石・小田海僲
●揮毫依頼=小林直次郎、阿部清太郎、坂上力松、岡村雄徳
●寄贈画依頼=博愛職工学会(井上作次郎)、熊谷直一
●お借りしていた作品=李流芳の作品(和田十宜氏より)
●行事=当麻練供養、昌隆社献茶式(天満天神)
●画家=菅井青山、平井直水、久保井翠桐、平野晃岳、佐竹藍川
●美術関係者=芝田浅次郎
●出版関係者=中島文教社(脇恕嘉)
●展覧会=研精会展覧会、生産博覧会(天王寺公園)、南宋画会
●門人=井出寿石・近藤翠石・鎌田梅石・吉村清琴・佐野翠岳
●身内=ヤス、カツ、壽太、山田かし子
●到来物

 

明治45年5月12日~13日(一部) 明治45年5月12日

明治45年5月13日

明治45年5月13日

翻刻者=成澤勝嗣氏(当時神戸市立博物館・現早稲田大学文学術院教授、美術史大学)

 

五月十三日 晴

○朝、井手寿石来ル、菓子到来ス、

●昨日、堀尾ヨリ依頼之自画幅箱書出来、受取ニ来ルニ付、相渡ス、謝儀領収

○午後、久保井翠桐、并平野晃岳罷越シ、研精会展覧会之義ニ付依頼罷越ス、

○名古屋菅井春山罷越シ、同地ニ而絵画展覧会開催ニ付、出品誘導致シ呉候

様依頼罷越ス

近藤翠石南宗画会展覧之義ニ付、罷越ス、

中森来ル

○同夜、鎌田梅石、新町姉知己先ヨリ尺八*梅林山水揮毫願呉候被頼候付、承諾致呉候様申越候処、謝儀之件ニ付相答、先方ヘ照会、猶依頼ニ罷越候様申之、引取、

○早朝、平井直水氏ヲ訪フ、

○朝大和御所奈良罷越、明日兼テ咄有シタイ麻(当麻)ネリ供養ニ付、見物誘引罷越シ、ヤス小児召連罷越ス約ヲ致ス

●久宝寺町、前田ヨリ依頼之耕石五岳静村*之幅箱書受取ニ来ル、耕石五岳出来有之相渡ス、静村之分ハ調子有之不出来右謝儀領収

○午後、佐竹藍川来ル、近々東京ヘ罷越し、同地居住之準備可致旨申之

 ※井出寿石=森琴石門下
※久保井翠桐=大阪の画家
※平野晃岳=大阪の画家・四条派
※菅井春山=明治10年名古屋に生まれる。浮世派。
※中森=森琴石画の斡旋者・日誌には頻繁に名が出る
※平井直水=大阪の画家・深田直城門下・森琴石と親交
※尺八=幅一尺八寸の画
※中西・五岳=中西耕石、福原五岳
※静村=忍頂寺静村
※佐竹藍川=香川出身の画家

 

五月十四日 曇折〃晴

○早朝大和御所奈良家内、今日大和タイマ(当麻)ネリ供養見物迎トシテ罷越ス

ヤス、カツ、寿太、下婢召連、早朝ヨリ奈良迎ト同道、大和ネリ供養見物ニ罷越シ、夕過帰宅、

○午前、坂上力松罷越ス、吉村清琴ヘ属之画帖潤筆持参ニ付、預リ置、早速、右吉村通知ス、

○午前、天下茶屋山田(可祝子)氏*来訪有之、昼飯饗応ス、

○午後、博愛職工学会井上作次郎他一人罷越し、寄送画請求有之、紀念品到来、

岡村雄徳氏来訪、小切揮毫依頼有之、物品到来ス、

◎午後、井手寿石外一人来訪有之、立原杏所・桃源図幅、文徴明画幅持参、鑑定箱書依頼有之、

坂上力松并同人弟罷越し、自画五十四年前画山水幅四十一年前画幅、右ニ持参、鑑定ヲ乞、真物、箱書依頼有之、謝儀領収ス、

◎西京芝田浅次郎来ル、小切画一枚揮毫属托有之、

 

※当麻練供養(とうま ねりくよう)
當麻寺春の大祭で、中将姫の現身往生を再現する行事。観音菩薩、勢至菩薩ら二十五菩薩が、現世に里帰りした中将姫を迎えて、極楽へ導くという儀式1000年を越える伝統を持つこの行事は我が国の練供養の発祥となる(コトバンクより)
山田可祝子=ヤス身内の娘
※岡村雄徳=著書に 『陸軍兵事参考』(明治30)あり

※立原杏所江戸後期の画家・水戸藩士。初め僧月僊に学び、のち谷文晁の門下となる。渡辺崋山椿椿山らと交友があった。元・明画を研究し、山水・花鳥を得意とした。天保11年(1840)歿、55才(コトバンクによる)
※芝田浅次郎=京都の美術商、芝田堂。

 

 

五月十五日 晴

昌隆社天満天神献茶式挙行、有之、古画陳列有之、案内ヲ請ニ付、早朝ヨリ罷越ス、其途、松本一鳳氏ヲ訪、十一時前帰宅、

●昨日依頼有し井手取次、村上属、文徴明 立原杏所之幅、箱書出来ニ付、井手ヲ受取ニ

来ルニ付相渡、午後村上鉄太郎右謝儀持参、礼ニ来ルニ付領収ス、菓子到来

中島文教社脇恕嘉大雅蕪村十便十冝*之画帖発刊、持参ニ付、一部買求、代金拂渡ス、

○午後、岐阜施薬院伊藤定蔵罷越シ、依頼寄送之画、揮毫督促有之

○過日写真撮影致候、右取ニ遣シ、受取帰ル、

●伏見町阿部ヨリ依頼之海僲*老松孔雀之幅箱書出来、受取ニ来ルニ付、相渡ス

※大雅 蕪村=池大雅、与謝野蕪村
※小田海僲=画家
※十便十冝帖=(現在 国宝)の複製

 

五月十六日 曇

○午前、京都本町十二丁目、小林直次郎ト申人罷越シ、紙本持参一枚持参、揮毫ヲ乞ニ付承諾致遣ス

●伏見町表具師阿部清太郎ヨリ依頼之海僲*老松孔雀幅箱書出来、受取ニ来ルニ付相渡ス …注内容が前日と重複

○午後、伊良湖来ル、明日ヨリ画会開催、依頼之寄送画受取ニ来候ヘ共、未成、明日迄ニ揮毫可致旨答

天王寺公園生産博覧会ヘ出品之画、引取持越呉候付、受取

○夕過、近藤翠石来ル、過般譲ル印代金持参ニ付受取ル

○同夜、佐野翠岳来ル、画稿構成致シ、遣ス、

○午後、ヤス和田十冝病気見舞ニ罷越シ、品物贈ル、過日借リ来ル李流芳枯木図幅、返却

※伊良湖=画家 伊良湖晴洲
※李流芳=1575‐1629中国,明代の画家

 

 

 お詫び申し上げます
二年前からの背面痛は、治療の効果により かなり改善してきておりました。
10月末に体力をつけるために入会した健康体操教室で12月初めに肋骨筋挫傷などを負ってしましました。
今年6月には、長兄が亡くなった事もあり、皆様方には近況のご報告や季節のご挨拶も出来ずにおります。
お詫びを申し上げますと共に、今後とも宜しくご指導を賜りますようお願い申し上げます。

 

カテゴリー: 森琴石の日記(二), 資料紹介 | コメントは受け付けていません。

中御門男爵・関山盛利・岡田播陽・朝翠堂・和田十宜堂・梅丈園、鑑定(野呂介石・岡田半江・森琴石)&揮毫&箱書依頼、画会、盆栽会など(森琴石の日記:明治45年 5月7日-12日)

2017年11月26日 更新

 

森琴石の日記
明治45年 5月7日-12日
中御門男爵・関山盛利・岡田播陽
朝翠堂・梅丈園・和田十宜堂
鑑定(野呂介石・岡田半江・森琴石
)&揮毫箱書依頼
画会・盆栽会など

 

 

日記に搭載する事柄、人物

●美術団体及び関係者=南宗画会・関西美術振興会・東京審美書院(美術聚英第十五)・大阪新報社・中御門男爵・泉・黒宮紫混・宮本朱雀

●揮毫依頼=井上元三郎・吉田栄次郎・関山盛利・小林定三・辻富次郎・末田善次郎(箱書兼)・小西覺太郎(箱書依頼兼)

●鑑定依頼=野呂介石画帖&森琴石画幅(小林定三所蔵)・岡田播陽・梅田又兵衛(岡田半江の鑑定&箱書)

●寄贈画依頼=泉・黒宮紫混

●門弟=鎌田梅石・朝岡・吉村清琴・室靄石・杉岡・松山・井出尚輔

●盆栽会=梅丈園(植田秀四郎)

●会開催=一瓢会(一心寺)・伊良湖晴洲

●到来物=岡田播陽(香炉)・浴衣一反(伊藤直次郎)・菓子(辻冨次郎)

●身内=森ヤス・森寿太・杲田・加納(嘉納)

 

明治45年5月7日~8日明治45年5月8日翻刻者=成澤勝嗣氏(当時神戸市立博物館勤務・現早稲田大学文学学術院教授、美術史家)

 

明治四十五年
五月七日

〔前欠〕
・・・ニ 付、見立之為、罷越ス、菓子送ル、
○午後、朝岡来ル、
○午後、来ル、黒宮紫混画会開催ニ付、寄贈画揮亳依頼罷越し、承諾ス菓子料領収、

※朝岡=森琴石門弟
※泉・黒宮紫混

 

五月八日 晴

○松山晩翠氏、現今東京ニ滞留、南宗画会会長中御門男爵ヘ依頼承諾有之旨通知有之ニ付、早速鎌田ヘ申聞ル

◎午後、堂島・井上元三郎来訪有之、昨日相見セタル*金碧*山水返却、右之尺五絹本ニ而、一ケ月壱枚宛、潤筆十五圓ニ而毎月揮亳属托有之、

美濃国今尾町吉田栄次郎ヨリ、尺五蓬莱、并虎渓三笑図揮亳属托申越候ヘ共、現今、手元揮亳品雲集、其上、右二枚潤筆金三十圓ニ而揮亳致し呉? 為換ヲ以、送リ来候ヘ共、右ニ而者(ハ)揮亳不出来ニ付、為換、書留郵便ヲ以、返却ス

○同夜、関西美術振興会理事関山盛利ト申人来訪有之、扇面画五枚揮毫依頼有之、承諾ス、
天満小林定造属、自画箕面山水、并雪景山水 介石画帖鑑定書、右出来、受取ニ来ルニ付相渡ス

○東京、審美書院ヨリ美術聚英第十五、二部送リ来ル、

※松山晩翆=美術家・森琴石の喜寿祝賀会の幹事
※中御門男爵=中御門 経恭=日本の政治家、華族。貴族院侯爵議員。森琴石提唱の「扶桑絵画協会」の会長を務めた
※井上元三郎=大阪瓦斯株式会社関係者か?
※鎌田=森琴石門弟
*金碧*=金地に濃彩のこと
虎渓三笑*図=中国の故事画
※吉田栄次郎=不明
※関山盛利=囲碁四段者(『棋道』第五巻第三号による)
※小林定三=不明
介石=野呂介石=江戸後期和歌山の画人

 

五月九日 晴

○朝、吉村静琴来ル、坂上属画帖画十二枚揮毫出来持参、見之、直接坂上ヘ相持遣ス

伊良湖晴洲来ル、画会ヲ催ニ付、摺本持参

◎午後、坂上力松来ル、二尺五寸巾、五尺五寸蘭亭図密画属托有之

大阪新報社記者宮田朱雀来ル、

※吉村清琴=森琴石門下、女流    
※伊良湖晴洲=画家
※蘭亭図=蘭亭曲水の宴の中国故事の絵

 

五月十日 晴

○朝、鎌田来ルニ付、南宗画件、無油断進行可致様、申聞

ヤス寿太召連、買物有之、心斎橋へ罷越ス、岡田播陽方ヘ立寄ル、

◎午後、岡田播陽来ル、古画持参鑑定ヲ乞ニ付、見之、内能十本、箱書依頼ニ付承諾ス、謝儀并香爐到来ス

室靄石、稽古ニ来ル

○岐阜・辻富次郎来ル、属托画来ル、廿八日迄揮毫致し呉候様、申之、菓子到来

○夕方、末田善次郎来ル、依頼之自画藤花図箱書出来ニ付、相渡ス、

○同夜、杲田美稲来ル、

※鎌田梅石=森琴石門下
※岡田播陽=大阪の町人学者
※室靄石=森琴石門下
※寿太=森琴石直系孫
※辻富次郎・末田善次郎=不明
※杲田美稲=森琴石二番目妻「ゑい」の甥?・森琴石作品の斡旋を盛んにする

 

十一日 晴

○朝、紅華堂来ル、小切画之督促、

◎午前、梅田又兵衛来訪、半江牡丹之巻持参、鑑定ヲ乞、真、箱書属托有之、

○午前、井手尚輔来ル、

○午後、ヤス、九条加納氏ヲ訪、寿太・カツ・下婢召連行、夫ヨリ築港ヘ行、夕方帰宅ス、

杉本、松山、稽古ニ来ル、

岡村雄徳来ル、

杉本松閑氏来訪有之、

天満・小西覺太郎来ル、依頼之自画幅
箱書六幅出来ニ付、相渡ス、仕立幅持参、五月節句掛幅揮毫属托有之

○午前、大森易一郎来ル、

※紅華堂=大阪の美術商
※梅田又兵衛=不明
※井手尚輔=森琴石門下
※加納=灘の酒造家、嘉納一族の一人
※寿太、カツ=森琴石孫
※杉本=杉本松閑=森琴石の弟子
※松山=松山晩翆の事か? 森琴石の弟子だったようだ
※岡村雄徳=著書に『陸軍兵事参考』(明治30)『大日本書画家一覧表』(大正5年、改訂版)など
※小西覚太郎、大森易一郎=不明

 

五月十二日 雨

○朝、西尾雪江来ル、審美書院発刊美術聚英一冊相渡シ、拂込金受取墨半斤譲リ、代金受取

○今日、一心寺ニ於テ、一瓢会開催有之

○今橋朝翠堂ニ於テ、故梅丈園弔*、盆栽会開催有之、案内有之ニ付、朝ヨリ罷越し、

帰路、和田十冝ヲ訪フ、同人比日中病気ニ而臥居中風症之由、十二時前帰宅ス、

堀尾ヨリ自画廿七年前筆(明治18年作)、絖本雪景山水図箱書依頼有之、

○尾張・伊藤直次郎ヨリ、湯カタ反物一、送リ来リ、到来ス、

○午後、ヤス買物有之、船場ヘ行

※西尾雪江=森琴石門下
※朝翆堂=大阪の美術商
※梅丈園=大阪の植田秀四郎が経営する盆栽園・
・・・資料:『盆栽の社会学: 日本文化の構造』(池井望著 世界思想社, 1978)
※弔=追悼
※和田十宜=和田徳治(和田十宜堂経営者)=『美術週報, 第 2 巻、第 21~39 号』に名あり
又、翻刻『春城日誌』(四)
・・・・・・-「双魚堂日誌」明治四十二年一月~六月-(春城日誌研究会)にも名が出るようだ
※伊藤直次郎=不明
※ヤス=森琴石三番目の妻(鯖江生まれ・藩士の娘)

 

 

 

 

 

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<おとな旅・神戸> 有馬グランドホテルで中の坊秘蔵の作品とお茶席を楽しむ、特別な有馬の休日

2017年9月26日 更新

 

おとな旅・神戸

“レトロで新しい神戸” を体験

有馬グランドホテル
・・中の坊秘蔵の作品とお茶席を楽しむ、特別な有馬の休日
以下の文章、写真は、<おとな旅・神戸>より コピーさせて頂きました

■有馬で生まれ、明治から大正にかけて活躍した銅版画、南画の画家 森琴石
中の坊の秘蔵の作品を「おとな旅・神戸」のお客様だけに特別公開いたします。
■ご案内はNHK連続テレビ小説「べっぴんさん」で神戸風俗考証をつとめた神戸学院大学講師 谷口義子さん。
■特別鑑賞会を行った後、有馬グランドホテル内に静かに佇む[雅中庵]のお茶室にて、お茶会をご体験頂きます。
■お茶席に初めて参加される方にもお作法をご案内。
■その後は、茶の湯にちなんだ点心料理のご昼食(約4,000円相当分)をご用意。
■解散後には、日本三大古泉の[金泉]、[銀泉]をお楽しみください。
(有馬グランドホテル入浴券付)

有馬グランドホテル 外観 

 

 

詳細情報 

商品ナンバー  26

プログラム名
[有馬グランドホテル]で中の坊秘蔵の作品とお茶席を楽しむ、特別な有馬の休日

市民アドバイザー 谷口義子さん(神戸学院大学非常勤講師「地域学」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・NHK連続連続テレビ小説「べっぴんさん」神戸風俗考証)

開催日    2017年10月13日(金)

開催時間   10:00~14:00

集合場所           神戸電鉄 有馬温泉駅内

会場     有馬グランドホテル 雅中庵

参加費    11,800円(昼食、お茶席、入浴付)<消費税・傷害保険料含む>

当日の服装  カジュアル、白い靴下もしくは足袋(お茶席時に利用します)‐

定員(最小/最大) 10名/20名

お申込み方法は
https://kobe-otona.jp/entry/detail.aspx?item_code=26&season_name=2017
下方にある  ”お申し込み” のところをご覧ください

 

神戸学院大学講師 谷口義子先生

谷口義子さん

 

 

 

 

 

 

 

「雅中庵」& 森琴石(幕末時代)

森琴石

 

 

当日のスケジュール
10:00 集合 神戸電鉄 有馬温泉駅前
(1)受付・ガイダンス
~送迎バスにて「有馬グランドホテル」まで移動~
(2) 市民アドバイザー 谷口義子さんよりご挨拶
(3)『おとな旅・神戸』特別展覧会
 ~有馬出身南画画家 森琴石、中の坊秘蔵の作品を特別公開。
谷口さんの有馬の歴史のお話と共にご鑑賞頂きます~
(4)お茶室「雅中庵」にてお茶事体験
~お茶席初心者大歓迎!お作法をレクチャーいたします~
(5)茶の湯にちなんだ点心料理のご昼食

14:00 解散 「有馬グランドホテル」にて解散

※解散後、ご利用いただけるご入浴券をお渡しいたします。
館内の大浴場でごゆっくりとお過ごしください。

 スケジュールは 変更となる場合がございます
※添乗員なし:現地係員が対応します。
※児童、およびペットの同伴は不可。

■注意事項
雨天時の実施について
雨天決行 雨具をご持参ください
●キャンセル条件など
https://kobe-otona.jp/entry/detail.aspx?item_code=26&season_name=2017 をご覧ください

 

 

 

 

 

 

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池大雅、田能村竹田・渡辺崋山、十時梅崖の鑑定&箱書、揮毫依頼多数、展覧会、姫島社中、楽善堂など(森琴石の日記:明治45年2月15日―4月25日

2017年9月10日 更新

 

森琴石の日記(二)
  明治45年2月15日~4月25日

 

 

日記に出る事柄・名前

鑑定依頼=岡村雄徳(大雅・竹田・崋山&森琴石33年前の作品)、芝田浅次郎(十時梅崖)
箱書依頼=岡村雄徳(大雅・竹田・崋山)、坂上力松(森琴石 十六羅漢)
揮毫依頼=高島新十郎・内山栄一郎・小西覚太郎(播磨の人から画帖依頼)・菊池氏・楽善堂・芝田堂、山田皆治郎
縁談の聞き合わせ=石川逸翁嬢
門下=明田月樵・朝岡・毛受楽斎・近藤翆石・福田梅渓・井出(寿石か)・鎌田梅石・椙本・長坂翆雲・西尾雪江
美術関係=中森・全国南宗画展・帝国南宗画展・生産博覧会・美術新報記者(京都、月本紫陽)
その他=頼春水の書簡之巻画帖
・・・・・・・・加茂川石観音
・・・・・・・・石印材
・・・・・・・・到来物



明治45年2月15日(一部)、2月16日

明治45年2月16日

翻刻者=成澤勝嗣氏(当時神戸市立博物館勤務・現早稲田大学文学学術院教授、美術史家)

 

 

明治四十五年
二月十五日

              〔前欠〕

春水書簡之巻画帖一冊送リ来ル、揮亳ヲ乞、

○午後、牧方八尾石次郎来ル、加茂川石観音之像形、到来ス、蒲鉾五到来

※春水=頼山陽の父頼春水の事



明治四十五年
二月十六日 

近藤翠石、午前来ル、石印材之件、其外神戸菊池之件

○午前、明田月樵氏来訪有之、逸翁嬢聞合之件、

高嶋新十郎来ル、景品画六枚揮亳依頼有之、謝儀領収

朝岡来ル、過日預リ置観音毛受氏買求度被申ニ付、其旨相通し、引合ス、

○神戸税関・内山栄一郎氏来訪、大雅、竹田・崋山之三幅持参、鑑定ヲ被乞、見之、皆冝、箱書属有之、承諾ス、玉子到来、

○夕刻、近藤翠石、神戸ヨリ帰路立寄、石印材云々ニ付、自分所持之分ニ果(顆)譲ル

◎同夜、天満・小西覚太郎氏来訪、播磨之人ヨリ被頼候由ヲ以、画帖画

             〔後欠〕

※近藤翆石・明田月樵・朝岡・毛受=森琴石門弟
※大雅=池大雅・竹田=田能村竹田・崋山=渡辺崋山… いずれも江戸時代の大家
※逸翁=画家石川逸翁の事

 

 

明治四五年
四月廿一日

             〔前欠〕 

十二枚之潤筆持参受取、小切二枚属托有之、謝儀領収、

 


四月廿二日 雨

○午前 福田梅渓来ル

井手稽古ニ来ル

○午前、ヤス薭島北村乳母方ヘ用向有之罷越ス、

中森来ル

※福田梅渓、井出=森琴石門弟
※ヤス=森琴石3番目の妻 北村はヤスの身内
※中森=森琴石画の斡旋者・同氏は頻繁に名が出るが情報は皆無

 

廿三日 曇 折々雨

○午前、芝田堂来ル、姫島社中*、全国南宗画展覧会、七月博物場開催規則書持参ス

右ニ付、鎌田罷越し、帝国南宗画会展覧会開催ニ差支可申哉ト申之ニ付、一応幹事集合■■協議可有之旨、相答置

椙本、午前稽古ニ来る、国元母病気ニ付一ト先当地引拂帰国之上、不相変研究可致旨申候也

○西京*芝田堂、午後罷越し、過日依頼之梅崖*鑑定書巻持参、依頼ニ付受取預リ置、過日属*之画帖揮亳出来ニ付、相渡ス

○夕方、長坂翠雲、稽古ニ来ル

※芝田堂=芝田浅次郎(京都の美術商)
※姫島社中=姫島竹外一門
※属=依頼
※十時梅崖=江戸時代の大阪画人
※椙本=森琴石門弟、詳細不明※長坂翆雲=森琴石門弟

 

四月廿四日 雨

●午後早々、ヤス、楽善堂属、尺五*山水五・花卉五、都合拾枚持参、同家ヘ罷越し相渡ス

岡村雄徳氏来訪有之、自画丗三年前之半切*画持参、鑑定ヲ被乞真物現 今画会之種々談話有之

◎尾張愛知町、山田皆治郎ヨリ尺五・四五*青緑山水属托申越し、潤筆*送リ来ル

※岡村雄徳=著書に『陸軍兵事参考』(明治30)『大日本書画家一覧表』(大正5年、改訂版)など
※尺五=幅一尺五寸の画*半切=全紙を半分に切った大きさの画
※四五=幅一尺五寸、たて四尺五寸の画
※潤筆=揮亳代金

 

 

廿五日 曇

○早朝、近藤翠石来ル、南宗画件

西尾雪江来ル

●午前、坂上力松来ル、自画十六羅漢幅持参箱書依頼有之、謝儀領収、
属托之尺五柳桃図、尺五・一枚、出来ニ付、相渡ス、潤筆十五円領収、
天王寺公園美術館ニ開催之生産博覧会出品山水図閉場之後、譲リ呉候様依頼、承諾致候処、右料内金トシ三十五円相収ニ付、受取置、

○西京美術新報記者月本紫陽来リ依頼之画督促有之

※近藤、西尾=森琴石門弟
              

 

             〔後欠〕

 

 

 

 

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中川貴川堂、遠山直亭、天童の大富豪、芝田浅次郎、岡田播陽、揮毫依頼、画会など(森琴石の日記:明治42年10月4日-6日)

2017年8月11日 更新

 

森琴石の日記
明治42年10月4日-6日)

 

日記に出る事柄、人物
中川貴川堂、芝田浅次郎
横山越山、遠山直亭、岡田播陽、伊良湖晴洲、平井直水

天童の大富豪、名古屋の名士
到来物
栗東寺での画会、枚方の画会、茶会
鑑定依頼、揮毫依頼
門弟、身内

 

明治42年10月3、4日、5日

明治42年10月3,4,5日

翻刻者=成澤勝嗣氏(当時神戸市立博物館勤務・現早稲田大学文学学術院教授、美術史家)

 

前欠 (注:10月3日と思われる)

○午前、中川貴川来ル

※中川貴川=書画斡旋「貴川堂」経営

 

明治四十二年
十月四日 晴

朝、前田稽古ニ来ル、

◎午前、杲田美稲来ル、額面画山水図揮亳属托有之

○午後、横山越山来ル、

○同夜、光吉令閨*被来、今回東京ヘ被引移旨、被申、来ル廿日頃、当地引拂引越之由

※前田=森琴石門下
※杲田美稲=森琴石2番目妻「ゑい」の甥・森琴石の画の斡旋を良くする
※光吉=森琴石の長男「雄二」の妻「梅子=旧姓入江・佐賀藩士の娘」の身内・大阪で医院開業
※令閨=令夫人


五日 雨

○午前、遠山直亭氏来訪有之、明六日天満寺町・栗東寺ニ於テ、画会開催ニ付出席依頼有之、承諾ス、

山形県東村山郡高擶佐藤荘右衛門属尺五青緑山水一、紙本半切米法、都合二枚   揮亳成功ニ付、小包郵便ヲ以、送ル

○西京・芝田浅次郎属、絹本画帖画、拾四枚揮亳成功ニ付、小包郵便ヲ以、送ル、

○早朝、春秋(?人名か)牧方画会之件ニ而罷越し、泊リ、帰路立寄、

○午後岡本仙次氏、被来、

※青緑山水=青緑などを主体とする極彩の山水画 
※遠山直亭=深田直城の門下
※芝田浅次郎=京都の美術商、芝田堂経営
佐藤荘右衛門山形県東村山郡高擶(現天童市)の大富豪。元山形県内で3本の指に入る大庄屋。佐藤家は現在も存続し天童市内観光ルートにと提案されている。
『南船北馬集. 第13編』(井上円了著編;  国民道徳普及会;出版: 大正7)
 http://www.toyo.ac.jp/text-db/text/INOUE15/15-01_nansenhokubashu13.txt
大正6年7月7日分に「佐藤荘右衛門が高擶村の富豪の長とする」という記述あり 。

 

十月六日 晴

○早朝、和田十冝茶会開催ニ付、罷越ス、

前田、稽古ニ来ル、

○作画会、岸本日東罷越し、来ル九日ヨリ開催之仝展覧会出品、受取ニ罷越ニ付吉村分二枚、西尾一枚、佐野二枚右山水画相渡ス、

○午後、ヤス伊吹堂ヘ療治ニ行、

杲田美稲罷越ス、菓子到来

伊良湖晴洲来ル

岡田播陽来ル、平井直水氏伝記之事ヲ草案致し、持参ス、同氏引取之後、右持参平井ヘ罷越し、草案相渡し置、

尾張・山川重蔵ヨリ、鑑定ニ送リ来シ対山画巻、小包ヲ以返送ス、

○播磨、来住藤吉氏ヨリ、過日送りシ蓬莱図潤筆、郵便為換ニ而送リ来る.
領収、同氏ヨリ鮎魚郵送到来ス、

※和田十宜※吉村・西尾・佐野=森琴石門下
※伊良湖晴洲=美術家
※岡田番陽=播磨出身の町人学者  孫岡田誠三氏のHPをご覧くださいhttp://www15.plala.or.jp/NET108/okadabanyo-youmeigaku.html
※平井直水=深田直城の門下・森琴石の親交者
※西尾、佐野=森琴石門下
※来住藤吉=播磨西脇の人・森琴石の作品所有者

 

十月七日 晴

〔後欠〕

 

 

 

 

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横山越山、建部聴山、伊良湖晴洲、竹式楼、萩尾九皐、西川桃嶺、世良田雨荘、泉州の実業家 他(森琴石の日記:明治42年8月21日-25日)

2017年7月23日 更新

日記の更新が遅れてしまいました
先月23日 親子ほど年が離れた私の(満代)長兄が亡くなりました>

 

森琴石の日記
明治42年8月21日〰25日)

日記に出る事柄、人物
横山越山、
建部聴山、世良田雨荘
伊良湖晴洲、萩尾九皐、西川桃嶺

竹式楼 泉州の実業家
大阪絵画会、南宋画会、東京出品画
門弟・身内多数
揮毫画・手本画、箱書き

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

明治42年8月24日〰25日

8月24日。25日

翻刻=成澤勝嗣氏(当時神戸市立博物館勤務・現早稲田大学文学学術院教授・美術史家)


明治四十二年
八月廿一日 晴

○早朝、明田月樵来訪有之、果物到来

前田幽琴、稽古ニ来ル、果物到来横山、越山来ル、

近藤・佐野・鎌田来ル、今日、南宗画会今日迄之総テ之計算致し、帳簿ニ明記持参見之、

○夕方、朝岡・福田来ル、

○早朝、ヤス建部併新堀十林ヘ行、

※明田月樵=森琴石門下
※前田幽琴=森琴石門下
※横山越山=書家・著書に『明治新撰十体千字文』
※近藤・佐野・鎌田=森琴石門弟
※朝岡、福田=森琴石門下
※ヤス=森琴石3番目の妻
※建部=建部聴山(建部六右衛門)、森琴石親交者・文人
※十林(とばやし)=森琴石2番目妻「ゑい」の身内

 

廿二日 晴

伊良湖晴洲来ル、今回之大火ニ付、類焼画家ヘ同氏発行之美術雑誌社ヨリ慰問致し度ニ付相談有之、賛成シ、画ヲ揮亳承諾ス、

○亡山田悦百ケ日ニ付、尊光寺ニ而仏事營ニ付ヤス、小児ヲ連参詣ス、

○午後、山田可祝子、ふく、小児ヲ連来ル、ヤス、同夜、竹式ヘ属托之花卉雙幅        持参、罷越ス

※伊良湖晴洲= 愛知の人・ 美術関係者
※山田悦・山田可祝子、ふく=森琴石3番目妻「ヤス」の身内
※竹式=室田竹武=室田虎之助 ・大阪大川の歴史的に名高い「竹式楼」経営者・

 

廿三日 晴

○午前、伊良湖、昨日之件ニ而来ル、自分意見ヲ述、夫ヨリ平井直水方ヘ同行罷越ス、伊良湖 荻尾桃嶺方ヘ罷越し咄合、自分意見之通相成、大阪絵画会委員会相開候様、相成旨、申来ル、

○午後、石野香南来ルニ付、南宗画会ヨリ類焼見舞金相贈ル、金員相渡、領収書受取置、夕方、奥田来ル、
○早朝、石橋雲来氏ヲ訪フ、早朝、ヤス木蘓氏ヘ中元、下婢連、罷越ス、

※平井直水=大阪の画家・深田直城門下・森琴石と親交
※萩尾=萩尾九皐(きゅうこう).・福岡県八女出身の画家・深田直城(森琴石親交者)の娘と結婚
※桃嶺=画家 西川桃嶺の事か?
※石野香南=森琴石門下
※奥田=森琴石門下
※石橋雲来=漢詩家・森琴石親友
※木蘇=木蘇岐山・岐阜の漢詩家

 

八月廿四日 晴

○午前、室田竹式氏、令嬢同道罷越し、過日相渡候花卉雙幅画潤資持参、領収ス
令嬢揮亳致手本画紙本四ッ切二枚、席上揮亳乞ニ付揮亳致、相渡ス、猶、幅函書依頼有之、謝儀領収ス

○午前、世良田雨荘氏来ル、類焼ニ付、当時大手筋御拔筋東、田村方ニ寄寓致候由、類焼見舞品団扇ヲ呈ス、

○杉山山田ふくノ老母来訪有之、山田ふく之家之義ニ付、咄合有之、ヤス面会ス、

○昨日、泉州佐野村山本藤兵衛氏ヘ中元物品団扇古妻・道下両氏ヘ団扇、小包郵便ヲ以、相送ル、

※室田竹武=室田虎之助 ・大阪大川の「竹式楼」経営者?
備考:竹式楼の資料
…・・・・・明32年5月に開催された茶会の図録『竹荘茶醼図録』に、森琴石画2幅掲載
※世良田雨荘=世良田信明・名古屋の人・新田義季の後裔・著書『雨荘居士削残余稿
※田村=田村甚吉

※山本藤兵衛=泉州佐野の実業家※古妻=佐野村の大地主・商人
※山本、古妻、道下=『日本における産地綿織物業の展開』に名が出る 

 

八月廿五日 晴

早朝、野口琴渓稽古ニ来ル、東京出品画持参ニ付、鎌田ヘ差遣ス
西尾雪江来ル、東京出品画持参、鎌田ヘ差遣ス、
午後、乾李渓罷越ス、東京出品画持参ニ付、鎌田ヘ差遣ス

※野口琴渓、西尾雪江、鎌田梅石=森琴石門下
※乾李渓=画家

 

 

 

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九州北部豪雨のお見舞い

2017年7月7日

 

九州北部豪雨のお見舞

 

九州北部を中心に発生した豪雨により
被災された地域の皆さまに、
謹んでお見舞い
申し上げます。

災害の復旧が一刻も早く行われ、
くれぐれも健康に留意されますよう
心よりお祈り申し上げ
ます。

 

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