森琴石孫「井上 保」氏からの情報…森琴石の3人の妻(その1)

013年3月24日 更新
森琴石孫 「井上 保」氏からの情報:養子先と生家 に続く

 

森琴石孫「井上保」氏からの情報:森琴石と三人の妻(その1)

平成11年(1999)、叔父井上保氏から頂いた書簡には、私共が知らなかった森琴石の三人の妻やその親族について記されていた。
森家の戸籍謄本は、森琴石の3番目の妻「ヤス」の分からの記載しか無かった。

ヤス以前の二人の妻についての情報は、森家の過去帳以外に無かったので、井上氏からの書簡の情報は大変興味深く感じ、その後の調査意欲を大いに掻き立てられたのでした。
とりわけ3度目の妻ヤスは長寿だった事もあり、孫達の記憶に大きく刻まれ情報量は豊富だった。
下にそれら情報をご紹介します。

 

井上保氏からの情報・・・森琴石の3人の妻

最初の妻「啓 けい」
森琴石の養子先2代目森善蔵(猪平)の実子で、森琴石と夫婦となるが早くに亡くなる。

(森注釈:長男磐之助を出産したが、出産時に磐之助死去、4日後啓も死去⇒過去帳、葬儀録)

2番目の妻「ゑい」
 「啓」歿後遠縁の娘「ゑい}を探す

   啓が亡くなった為、慌てて縁のある娘を探して「ゑい」という人を嫁にした。
森琴石と「ゑい」との間には、雄二、昇 の二人の子が出来た。

 「ゑい」について
「ゑい」には姉妹が多かった。
父雄二から「とばやしの叔母」という言葉を良く聞いた。
この方が「ゑい」の長姉の「津田タツ」ではないかと推測する。
姉妹が多かったので「いとこ」が多かった。

「ゑい」の身内
森琴石長男「雄二」の従兄
「岩本栄之助」
大阪の公会堂を寄付した。栄之助の株屋の店は御堂筋と北浜の(天満~淀屋橋の通りに面した)北側にあった。

自決後は房吉という方が継いだ。
父雄二は「もう少し待っていれば自害しなくても済んだのに・・・・・」と、述懐していた。

「こうだ」氏
こうだという人は、男前で株家の浜崎の娘が惚れて一緒になった。
その為遺産を当時の金で数十万円(現在では数十億円)を貰った。

戦前は北区の老松町から裏の神明町まで抜けている大きな家に住んでいた。

若い時は定職につかず森琴石の家に出入りして、何らかの仕事をしていたようだ。

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その後の調査
津田タツ=過去帳、森家文書に記載あり。夫はかなりの有力者だったらしい。
とばやし=十林・森家の各種文書に十林の姓が残されている。
    とばやしの叔母=井上氏は「とばやし」を地名と思われていたようです。

こうだ=杲田
森家の文書、森琴石の日誌等により「杲田 こうだ」という姓である事が判明。
森琴石の日誌の内容から、杲田氏は森琴石に古画の鑑定依頼や絵画の斡旋をしていたようです。

●津田・十林姓は和歌山に多い姓である

●杲田氏の妻、株仲買人の浜崎とは誰? 
当時の大阪には浜崎健吉浜崎永三郎などの著名仲買人がいた。
岩本栄之助の周辺にはこの浜崎両氏の存在もあった。

 

杲田氏を探そう!!
森琴石日誌での杲田氏・・・絵画の斡旋をしていた

日誌には杲田氏が絵画の斡旋をしている記述があるので
 杲田氏を調べれば、森琴石の作品の所在がかなり分かるのでは?と、考えました。

「山中商会」訪問がきっかけ 
 ご紹介頂いた「大塚 融」氏からの情報
●平成13年1月、大阪梅田の阪急百貨店美術街にある「山中商会」を訪問させて頂きました。
その折「山中商会」の山中潔氏より、「大阪について非常に詳しい方がおられますよ。是非お会いになって見て下さい」と、当時NHK大阪放送局の経済記者をされていた大塚融氏をご紹介して頂きました。
●同年1月末、大塚融先生を交え歓談させて頂きました。
大塚先生は「森琴石の事は良く知っていますよ」とおっしゃって下さり、
「最近大阪で森琴石の絵画を大量に手ばなした人がいる、という話を聞いたばかりです」との情報を戴きました。

●前年の平成12年11月17日、東京の飯田知子さんから森琴石の日誌(コピー)が届けられ、成澤勝嗣先生に翻刻して頂いている最中でした。
日誌の中に「杲田氏が森琴石の絵画の斡旋をしている」という内容が頻繁に出いましたので、もしかすると「絵画を手放したのはこの杲田氏では無いか?」と、頭にひらめいたのです。

そこで杲田氏のご子孫を知る手がかりは何か無いか、もしかするとここに情報があるかもと、夫隆太と父寿太の母校『大阪府立北野高等学校 同窓会名簿』を見てみたのです。

すると・・・・・何と、あった、あった、杲田姓の人が沢山出て参りました。

住所や職業等、間違っているかもしれないが資産家である事から企業家と判断し、これはと思う方の氏名を書き出し、先ずはインターネットで調べました。
ところが私共が目星をつけた方が<脱税した>との余り芳しく無いニュースが出てきましたので、杲田氏をこれ以上追跡するのは止める事にしました。
大正~昭和の「紳士録」で、井上井氏の記憶と合致する住所方の氏名で調べた方がより確実だったと、今頃になり気づいています。


私共の当て推量で勝手な事をしましたが、杲田氏の実のご子孫が、もしこのニュースの方と違っていましたら、誠に失礼な事と深くお詫び申し上げます。

●山中商会及び大塚融先生につきましては ブログ「お世話になった方々―個人の方」で、ご紹介させて頂く予定です。

 

 岩本栄之助について
森家の文書(諸事控)には身内の欄に「岩本」と、姓のみ書いたものがあるのみです。
しかしこの名前を書いていない事が、却ってかなり岩本氏がかなり親しい関係であったとも言えるでしょう。


「岩本栄之助と大阪中央公会堂」展

●井上保氏から書簡が届く少し前、平成11年4月24日―5月30日、
当時大阪城
公園内にあった「大阪市立博物館(現在は大阪歴史博物館)」では「岩本栄之助と大阪中央公会堂」展が開催されていました。
●大阪市立近代美術館建設準備室の橋爪節也先生より、「森琴石の掛け軸が出ているようです」とご連絡を頂いていました。
以前から岩本栄之助は身内だと聞かされていましたので、私共夫婦は早速見に行きました。
●渡米実業団記念写真等が展示されていましたが、当時は森琴石調査を開始して間もない頃でしたので、写真を見ても誰が誰かを知る由もなく、只漫然と眺めるのみでした。
祖父雄二の顔写真でさえ まだ私の頭にはメモリーされていない頃です。。
祖父 森雄二も米国へ視察旅行に行っています。
森家には祖父雄二がアメリカから投
函した絵葉書が残っていますが、肝心の日付を知る<消し印>の付いた切手が無くなっているのです。
恐らく誰かが切手の収集の為か、又は売却の為にはぎ取ったようだ。
そのような分けで、祖父雄二の渡米の年月日の特定が出来ないのです。
いとこ同士である栄之助と雄二は、同じ視察団の一員だった可能性があります。
現在なら写真の中の人物を少しは特定出来たかもしれません。

森琴石の「匊花図」が展示
日露戦争帰還を祝う作品
「落款だけは写さないと・・・」と思いメモに残しています。
栄之助が日露戦争から帰還のお祝いとして贈ったらしく
「丙午春写以祝 中尉岩本栄之助君凱旋 琴石森熊」 と書かれている、
画者森琴石については
「文展審査員 帝室技芸員 詩書画三絶と称された」との
簡単な説明書きがありました。

栄之助のご子孫に連絡・・興味ある情報を得る
●森家と栄之助との関係を示す確実な証拠が無いのですが、この展覧会のあと、
大阪の郷土史家の先生とお話しさせて頂いた時
「余程のゆかりが無いと、このような絵は贈らない
でしょう!」と進言して下さいました。

●展覧会後、展覧会ご担当の先生から、博物館に資料を寄贈した栄之助のお孫さん(栄之助の長女の娘)>に連絡を取らせて頂きましたが、
「遺品類は殆ど
博物館に寄贈しましたので、詳しい事は殆ど知らない、」との事でした。
そのご子孫の方より、当時90歳になる栄之助の弟の娘さん(栄之助の姪}をご紹介頂き、電話で少しお話しさせて頂きました。
90歳のKさんは記憶力がまだ確かのようでしたが、森家との繋がりについては、確たるものは得られませんでした。
しかし
身内には「明治4年に亡くなった“森いっぷう”という画家がいた。
「自分の甥に、関大教授のHがいます」との情報を得ました。
“森いっぷう”は、私共が聞き違え可能性があり、恐らく「森 一鳳」と思われます。
H教授は私共も良く存じ上げている方で、森琴石の調査に何かとご協力
を頂いていた方です。

郷土史家の見解
1:大阪史の研究家の方が、某誌に森琴石を「森派」に属すると解説されていました。
<森雄二と栄之助が従兄である事>が事実で、<栄之助の姪ご様のお話が事実>であるならば、森琴石は森派とも縁があり、雄二の血縁者(つまり夫隆太も)とH先生とは、かなりの遠縁ではありますが<縁者>になると云えましょう。
2:『大阪人物辞典』(三善貞司著・清文堂・平成12年)によれば、森一鳳の養子「森二鳳」の別号には「鉄橋山人」があると書かれています。森琴石も「鉄橋」という別号がありますので、これらの関係についても今後調べる必要があるかも知れません。

●岩本栄之助が自決した直後から近親者の周辺では「かん口令」が敷かれ、この事件を話題にすることは禁じられたと聞きます。
上記文章内にある氏名について
森琴石Hpでも沢山取り上げています。
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3番目の妻「ヤス」については、ヤス自身や身内の情報が多いので次回に記述します

 

 

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