中村竹洞の鑑定、石橋雲来・鳥居断三・杉浦芳嶺等が記載:森琴石日記(明治42年8月8日‐11日)

2017年5月17日 更新



前回   森 琴石の日記:明治42年 8月3日―8月7日  の続き

 

森 琴石日記
明治四十二年 八月八日~八月十一日)

 

出来事、登載人物
火事見舞い(北の大火)
石橋雲来、鳥居断三
和田柳渓、小川隆吉、大森易次郎佐々木嘉蔵、杉浦芳嶺、西村源七中村太華
播州の画会
揮毫依頼多数
鑑定=中村竹洞(高橋祐次郎)
門弟、身内

 

 

 8月8,9日

 

明治四十二年八月

八日 晴
野口琴渓、稽古ニ来ル
※野口琴渓=森琴石門下

高橋祐次郎氏来ル、竹洞前画*墨竹図 幅持参、鑑定被乞、見之、宜、
竹洞=中村竹洞=名古屋の人、江戸時代の画家
・・・備考:竹洞の作品の鑑定結果は良

※前画=若い頃の作?

◎午後、和田柳渓罷越し、過日播州ニテ画会相開、右画不足ニ付、猶揮亳依頼、絖本拾枚持参、謝儀添、相頼ニ付、承諾致し遣ス、
※和田柳渓=画家

○火災後大混雑ニ而、属托品揮亳不出来、今日ヨリ揮亳ヲ始ム
※火災=明治42年7月31日未明に起こった火事。北の大火、天満焼けとも言う

 

八月九日 晴
○早朝、朝岡類焼避難、西寺町・寺ニ致被居ヲ訪フ、石橋雲来氏ヲ訪フ
※朝岡=森琴石門下 
※石橋雲来=大阪の漢詩家、晩年は明石(江井ヶ島)に住む・森琴石の親友

○名古屋小川隆吉氏ヘ、過日送リ来候松林遊馬幅返却、小包ヲ以相送ル、扇子米法山水壱本呈上、共ニ送ル、
※趙子昂=元代画家 馬画の名手

○夕前、ヤス薭島小嬢乳母方ヘ、小児召連罷越ス
※ヤス=森琴石3番目の妻・鯖江士族の娘
※稗島=地名

○青森県五所川原、佐々木嘉蔵氏ヨリ火災見舞トシテ品物料二円送リ来ル、謝状出ス

十日 晴
○早朝、平井直水氏ヲ訪フ、
※平井直水=大阪の画家・深田直城門下・森琴石と親交

○美濃大垣・鳥居談三氏ヨリ、為火事見舞金五円贈リ来ル、
※鳥居断三=元大垣藩家老。森琴石の心友。   

○明日、衛生掃除之処、延期相成、同夜、八幡筋藤原氏罷越し、過日申来し
○屏風之義ニ付、同夜罷越し、絹張裏箔*ニ嵐山箕面揮亳ニテ、潤筆各々談合之上           結ル処、百三拾円ニテ揮亳可致聞着相成
※裏箔=絹の裏から金箔を張って描く絵

 

十一日 晴
近藤翠石来ル、松山依頼之見本画持参、預リ置、
※近藤翆石=森琴石門下
※松山=美術家・森琴石喜寿祝賀会の幹事総代を務めた

大森易次郎来ル、市田来ル

佐々木為助来訪有之

○播磨・杉浦芳嶺ヘ属托之石壁*対聯*小包ヲ以送ル
※杉浦芳嶺=明治時代から昭和初期にかけて現在の兵庫県播磨を中心に活躍した刳物師(くりものし)
※石壁= 赤壁の事か?
※対聯=対になった細長い作品 

○広島県仁方村・手島素岳ヘ、小切画梅石ノ分共送ル
※手島素岳=森琴石門下

○伊勢・西村源七ヘ、属托之尺八松鶴図小包ヲ以、相送ル

○美濃国八幡町・中村太華氏ヨリ、大火見舞トシテ品物料金貮円贈リ来ルニ付、謝状出ス、

 

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