中川貴川堂、遠山直亭、天童の大富豪、芝田浅次郎、岡田播陽、揮毫依頼、画会など(森琴石の日記:明治42年10月4日-6日)

2017年8月11日 更新

 

森琴石の日記
明治42年10月4日-6日)

 

日記に出る事柄、人物
中川貴川堂、芝田浅次郎
横山越山、遠山直亭、岡田播陽、伊良湖晴洲、平井直水

天童の大富豪、名古屋の名士
到来物
栗東寺での画会、枚方の画会、茶会
鑑定依頼、揮毫依頼
門弟、身内

 

明治42年10月3、4日、5日

明治42年10月3,4,5日

翻刻者=成澤勝嗣氏(当時神戸市立博物館勤務・現早稲田大学文学学術院教授、美術史家)

 

前欠 (注:10月3日と思われる)

○午前、中川貴川来ル

※中川貴川=書画斡旋「貴川堂」経営

 

明治四十二年
十月四日 晴

朝、前田稽古ニ来ル、

◎午前、杲田美稲来ル、額面画山水図揮亳属托有之

○午後、横山越山来ル、

○同夜、光吉令閨*被来、今回東京ヘ被引移旨、被申、来ル廿日頃、当地引拂引越之由

※前田=森琴石門下
※杲田美稲=森琴石2番目妻「ゑい」の甥・森琴石の画の斡旋を良くする
※光吉=森琴石の長男「雄二」の妻「梅子=旧姓入江・佐賀藩士の娘」の身内・大阪で医院開業
※令閨=令夫人


五日 雨

○午前、遠山直亭氏来訪有之、明六日天満寺町・栗東寺ニ於テ、画会開催ニ付出席依頼有之、承諾ス、

山形県東村山郡高擶佐藤荘右衛門属尺五青緑山水一、紙本半切米法、都合二枚   揮亳成功ニ付、小包郵便ヲ以、送ル

○西京・芝田浅次郎属、絹本画帖画、拾四枚揮亳成功ニ付、小包郵便ヲ以、送ル、

○早朝、春秋(?人名か)牧方画会之件ニ而罷越し、泊リ、帰路立寄、

○午後岡本仙次氏、被来、

※青緑山水=青緑などを主体とする極彩の山水画 
※遠山直亭=深田直城の門下
※芝田浅次郎=京都の美術商、芝田堂経営
佐藤荘右衛門山形県東村山郡高擶(現天童市)の大富豪。元山形県内で3本の指に入る大庄屋。佐藤家は現在も存続し天童市内観光ルートにと提案されている。
『南船北馬集. 第13編』(井上円了著編;  国民道徳普及会;出版: 大正7)
 http://www.toyo.ac.jp/text-db/text/INOUE15/15-01_nansenhokubashu13.txt
大正6年7月7日分に「佐藤荘右衛門が高擶村の富豪の長とする」という記述あり 。

 

十月六日 晴

○早朝、和田十冝茶会開催ニ付、罷越ス、

前田、稽古ニ来ル、

○作画会、岸本日東罷越し、来ル九日ヨリ開催之仝展覧会出品、受取ニ罷越ニ付吉村分二枚、西尾一枚、佐野二枚右山水画相渡ス、

○午後、ヤス伊吹堂ヘ療治ニ行、

杲田美稲罷越ス、菓子到来

伊良湖晴洲来ル

岡田播陽来ル、平井直水氏伝記之事ヲ草案致し、持参ス、同氏引取之後、右持参平井ヘ罷越し、草案相渡し置、

尾張・山川重蔵ヨリ、鑑定ニ送リ来シ対山画巻、小包ヲ以返送ス、

○播磨、来住藤吉氏ヨリ、過日送りシ蓬莱図潤筆、郵便為換ニ而送リ来る.
領収、同氏ヨリ鮎魚郵送到来ス、

※和田十宜※吉村・西尾・佐野=森琴石門下
※伊良湖晴洲=美術家
※岡田番陽=播磨出身の町人学者  孫岡田誠三氏のHPをご覧くださいhttp://www15.plala.or.jp/NET108/okadabanyo-youmeigaku.html
※平井直水=深田直城の門下・森琴石の親交者
※西尾、佐野=森琴石門下
※来住藤吉=播磨西脇の人・森琴石の作品所有者

 

十月七日 晴

〔後欠〕

 

 

 

 

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